カウンセリングの受け方

カウンセリングを受けるときに、
心にとめておいてほしいこと

カウンセリングの受け方

カウンセリングを受けていただくときに、
心にとめておいてほしいこと。
自分と「向き合う」こと、自分で「決める」こと



【決める】

自分の人生を「どうするのか」
それを「決めること」ができるは、
自分自身だけです。


その領域だけは、
他人が勝手に
踏み込めない場所です。


【すべては自分の中】

どんなに頼りなく思えても
「希望」は、
自分の中から生まれた感情です。

だから「答え」も
必ず「自分の中」にあります。


自分が
「本当はどうしたいのか」は、
心の奥では
知っているはずです。

だからこそ、
苦しみも閉塞感も
感じてしまうのです。


「絶望」であっても、
「希望」があるから感じる
と言えます。


【自分と向き合うのは気づくため】

自分に足りない何かを
「つけ足す」のでなく、

いらない自分の一部を
「消し去る」のでもなく、


認めたくなかった自分の姿の
今は盲点となっていて、
見失っている
「本心」に気づいていくことで、


今の苦しい状態から抜け出す
「糸口」が見つかります。



カウンセリングは、
「自分を知る」ための方法の一つであり、

「自分と向き合う」手段だと、
私は考えています。



自分の道は、自分の中にしかない

人は、いつでも何かを「選択して」生きています。

心のどこかで感じている希望を信じて「一歩を踏み出すとき」も、
心の奥にしまい込んだ「本心に気づいていく過程」でも、
いつでも、
「自分はどうするのか」を決め続けています。

最終的に何を「決める」のか、
その選択だけは、他人が手を出すことのできない領域と言えます。


自分の人生の選択をできるのは「自分だけ」です。


ただ、「自分の答え」は、とても繊細で、とても見失いやすいものです。

選んだことが「良い」のか「悪い」のか、
「正しい」のか「間違っている」のか、
自分の外側に「答え」を求めると、
かえって、わからなくなってしまいます。


だからこそ、
自分が「そうしたいと思った」気持ちの大切さを、
自分自身が知る必要があります。


人が責任をとれるのは「自分の人生だけ」です。


「誰かのせい」にしてしまっているとき、
それは、自分の「人生を傷つけている」とも言えます。

いつも、何かを「決めてきた」その選択の結果が、
自分が「いま、ここに居る」理由なのです。そして、
それは、みんな平等であり、みんな同じことです。



「なぜ、そうしているのか」を、自分がわかってあげる

その人にとって必要な行動は、人それぞれ違うものです。

その場その場、その時々に、
自分にとって必要な何かがあって、
自分が選んで「そうしている」と言えます。

何を選んでも、その選択には「間違い」はなく、
ただ、その時点での「自分の答え」に繋がる「自分の理由」があります。


行ったり来たりすることも、立ち止まることも、繰り返してしまうことも、
ときには、後戻りに思えることですら、
すべて必要で、何らかの「自分にとっての意味」があることです。


進んだあとに、ずっと後になって、
自分の歩みを振り返った時に「なぜ、そうしたのか」その意味はわかるものです。


だから、
「その時の気持ち」は、否定しないで、
目の前の「自分の選択」をやり切ること。

そして、先の見えない不安の中で積み重ねる時間も、自分が許してあげること。

その道のりの途中で、心のどこかに違和感を感じたのなら、
その時は、「向き合うこと」で気づける何かが、また、見つかります。


もし、ブレてしまっても、
たとえ、大切なものを見失っても、
また、戻ってくることができたら、より深く、自分の軸に根をはれるはずです。


「本当の自分を取りもどすこと」は、どんな自分でも信じ切ることです。


自分が安心できる「居場所」を、
自分以外の誰かに求めている限り「足らない」不安、「なくなる」怖れは消えません。


何かよい方法を知ったら、怖さや不安がなくなったら進めると思っているとき、
心の深いところでは、自分を信じていないのです。


自分が「ここに居てもいい」と思える場所へ、
自分のことを連れていけるのは自分だけです。


味方になってくれる人、
受け入れてくれる人がいることは、とても有り難いことです。でも、
自分の居場所の真ん中に居るのは、いつでも自分です。

信じてくれる、許してくれる、見守ってくれる誰かが居てくれることも、
自分を取りもどすための「きっかけ」のひとつでしかありません。


不安も、怖れも、「持ったまま」で行動はできます。


自分の思う方へ歩むかどうかは、いつでも自分次第、
すべて、自分で決めていいことなのです。

感情に飲み込まれそうになったり、振り回されそうになったとしても、
感情とともに「等身大の自分で居ること」が、一番、地に足がついています。


一歩を踏み出す怖れや、何かを失う不安も「ある」ことを受け入れる。


自分が「感じていること」から目を背けることなく、
自分の中に「ある」ものとして認めていくことで、
先の見えない闇の中でも、「気持ちが動きはじめるとき」がきます。


立ち止まっていたり、停滞しているように感じても、
何も進んでいないわけではなく、見えないところで何かが進んでいます。

自分を手放さないように、あきらめてしまわないように、
「自分の内側に目を向けること」で、
見つかるものが必ずあります。



自分の存在価値を、自分自身が決める

苦しさから抜け出すために、
今は無意識に思い込んで、手放せない「自分を受け入れられない理由」の
見えていなかった側面に気づくこと。

自分への「誤解」をひも解くためには、
自分の「殻の外に出ること」も大事ですが、
「殻の中をやり切ること」も、同じぐらい大事です。


「自分への不安」は、自分にしか乗り越えられません。


だから、
自分を否定しないこと
自分を過小評価し過ぎないこと

自分の嘘に気づくこと
自分の中にすでにあるものに気づくこと


苦しみの中で、
「何を、あきらめていなかったのか」
自分の中の
「何が、自分を動かしているのか」

裏切ってはいけないもの
嘘をついてもわかってしまうもの
切り捨てて置いていけないもの

心の奥に、ずっとあり続けるもの
この先へと導く、自分の軸のとも言える「大切な想い」を知ること。


人から言われて嬉しい言葉、言って欲しい言葉は、
自分が自分に求めている言葉です。

「自分がどうしたいのか」
自分の外から「きっかけ」を得て、
気づくことができたのなら、

「自分が望んでいること」を
自分が自分にしてあげることで、
自分への信頼は生まれます。




人生の選択を「決めること」ができるのは、自分しかいない


どうしても、
状況が変わらない時、
まだ無意識に何かを「決めている」

だから、
「何を頑なに守り続けているのか」に気づくまでは、
変わらない。


「悩むこと」
「立ち止まること」
「繰り返すこと」を、やめたければ

やめると決める。
自分の道を進むと決める。

心底「決めた」とき、
見える景色は変わる。

どうしても、決めきれないのなら、それは、
まだ、悩んでいたい自分がいるから。


人はたくさんの選択肢の中から
「今、最もしたいこと」を自分で選んでいる。

自分は「今は、そうしたいんだ」と自覚した上で
徹底的に悩み、立ち止まり、繰り返していてもいい。

自分を見失って、
感情に飲み込まれてしまうぐらいなら、
そこで「感じていること」を認めてしまう。

「していること」を責めるから、かえって長引く。


それでも、どこかで覚悟を決める。
「見たくない自分の姿」を受け入れる。

紙にに書き出してもいいし、
口に出して確かめてもいい、
むしろ、積極的に感じつくしてみる。

そうしているうちに、
本当は「何に悩んでいたのか」
「何をしたかったのか」
「何を訴えたかったのか」
「本心」が見えてくる。

それは、もともと「自分の中」にあったもの。
だから、いつか、必ず、たどり着く。


自分の人生に「責任がある」
それは自分で「決める力がある」から。

自分の足で立ち、
自分の意思で決め、
自分の責任で行動し、
結果を受け止め、心から喜んだり、心底悲しんだり、
それこそ生身の感情を味わいつくし、
一歩ずつ先へ進むこと。

それが、自分に嘘をつかないということ。


無意識に「決めていたこと」に気づくこと
自分のために「決める」こと

人は苦しければ苦しいほど、
「確実に成功する方法」
「もう失敗しない魔法みたいなやり方」を求めて

まだ手に入れてない何かの力を頼って
「大丈夫」になろうとしてしまう。

そんな都合の良いものは存在しないことは、
本当は、わかっているはずなのに。


ただ、そうしてしまうのは、
どうしても自信が持てないのは、
それだけ深い心の傷があって、
もう、これ以上傷つきたくないから。

気がつかないうちに生まれた疑い、
染みついた怖れがあって、
「大丈夫じゃない自分」を手放さないことを、
無意識に決めている。

その場に居続けるために「わからない」を使って、
動けないことを、決めている。


どこまで踏み込むのか、
どれだけ心をひらくのか、
決めるのは、いつでも自分。

そこだけは、
他人が勝手に手を出してはいけない領域。


無意識に決めていたことに気づいて、
どうするのかを、決める。その繰り返し。

もう自分を誤魔化したくないのなら、
「大丈夫」を感じたいのなら、

大丈夫だと決めてみる。
大丈夫な自分なら「どうしたいのか」を決める。


いつまで待っても消えない
自分の「大丈夫じゃない部分」を抱えながら、
前に進んでみないと、
「その先」は体験できない。

実際に体験したこと以外は、
自分のものにはなってくれない。

頭ではわかってるんだけど・・・は、
「体験」をしていないから。

まだ、どうしても、前に進めない理由、
自分が幸せになってはいけない理由が、頭をよぎるのなら、

その時は、
今、「気づきたい何か」が自分の中にある。


次から次へ沸いてくる
「自分への疑い」「また、傷つく怖れ」に
一つひとつ向き合い

自分がダメな理由、
変えなくてはいけない自分を、

まだ、気づいていなかった
「幸せになってもいい理由」にひっくり返していくと、

最後には、いつも、「自分が決めるだけ」が、残る。

でも・・・が、まだ、出てくるなら、
また、向き合ってみればいい。


そもそも、
「人が幸せになってはいけない理由」がある方が、
おかしい。


すべては自分の中、他の誰のせいでもない。

その事実は、
ときに厳しいように聞こえる、でも、
それだけの可能性が、
自分の中にあるということ。

自分の中に、
現実を、現状を変えていく力があるということ。


自分を本当にわかってあげられるのは自分


自分が幸せになれる選択肢が何かを知っているのは自分


自分がどうするのかを「決める」ことができるのは自分


「自分が、本当は、どうしたいのか」

希望も、願いも、怖れも、不安も、
そして、求めている「答え」も、

「すべて」は「自分の中」にある。


だから、逃げ切ることはできない。

だから、いつでも大丈夫。







【 カウンセリング・メニュー 】

【 Arriveの考え方と特徴 】

 【 ご予約・お問い合わせ方法 】 

【 実生活に活かすための心の知識 】


トップページお問い合わせ

サイト内の文章・画像の著作権は「座間カウンセリングスペース Arrive」にあります。
無断複製・営業利用は一切禁止いたします。
(c) 2012 座間カウンセリングスペース Arrive