なぜ、生きづらいのか、ありのままの自分で生きられない理由

なぜ、生きづらいのか、ありのままの自分を見失う理由


「自分らしさ」と「生きづらさ」との関係

もし、あなたが
「自分の気持ちに素直に生きている」と感じていて

そんな、あなたの自然な生き方を
「まわりの人が心から喜んでくれている」と思えるのなら

「生きづらい」とは、決して思わないはずです。



「生きづらい」と感じてしまう、その心の中には

自分らしく生きていないという閉塞感や怒り、焦りと
誰にもわかってもらえないという絶望感や孤独感、悲しみとが

交じり合うようにして、存在しているのではないでしょうか。



人は誰でも「自分のことは自分ではわからない」もの


私たちは「自分自身がどういう人なのか」を考えるとき、無意識に「周囲からの自分への対応」や「今まで言われてきたこと」を参考にして、その判断基準にしているものです。



普段、当たり前のように信じている自分の姿は、

「まわりの人から、どう言われているのか」
「これまで、どんな人間として扱われてきたのか」

そんな、まわりからの自分に対する反応や、
これまでの扱われ方を、もとにして


さらに、まわりの人の言動や態度を 、
自分自身が、「どう受け取ったのか」
「心の奥底で、何を感じたのか」を、時として
疑う余地のない事実として思い込むことによって、形づくられています。



そして、その影響を一番受けているのは
生まれ育った環境であり、
多くの場合、あなたの両親となります。

幼い頃に、それこそ、もの心ついたときには
まわりの環境の中で、様々なことを受け取ってきた
「思い込みの自分」が存在していることになるのです。



「自分のことを、どのように扱っているのか」「何が、自分に相応しいと感じているのか」は普段の生活の中では、ほとんど意識することはないはずです。自分では、どうしても「認識することが難しいこと」、しかし、「確実に自分の中に存在し、影響を与える」こと、それが「無意識の特徴」でもあります。



また、
あなたが「(無意識に)信じている自分像」と
まわりから見た「客観的なあなたの姿」の間に
ズレがあるとき

まわりからの視点の方が、的確にその不自然さを
違和感として感じてしまうはずです。



自分では、どうしても認識しにくい
「見えていない自分の側面」が存在すること、

さらに、そんな認識のズレを意識できないことで、
「自分のこと」なのに、「自分が一番わかっていない」
そんな状態に、誰もが陥ってしまうのです。



人は「自分の信じている世界」を基準に、人生を送っています

「自分像の成り立ち」だけに限らず、
物事の良い悪いを判断したり
何が正しいのか、何をするべきか、何をしてはいけないのか

あなたの行動、生き方の基準となる考え方、すべてにおいて

周囲からの影響と、その世界で、
「何を信じたのか」「どんな思い込みをしたのか」によって
塗り固められているとも言えます。



さらに、
あなたが年齢を重ね、経験すること、
日々の体験を通して、あなたが何を感じたのかによって
最初につくられた「思い込みの世界」は次第に強化されていきます。

目の前に起こった出来事に対して
「やっぱりそうなる」「いつも、こんな結果になる」
そんな判断を無意識にして、自分の考えが正しいと確認しているのです。


気がつかないうちに出来上がった考え方、価値観、信念、自分はいつもこんな扱いをされる、世の中はこういうもの・・・いつの間にかつくられ、次第に強化されていった世界観は、自分ひとりでは「当たり前」としか感じられません。私たちは、ある意味、「偏った、せまい価値観」を、この世界のすべてだと信じ込んでいるのです。



あなたが「当たり前」に信じている
「考え方」や「価値観」、「人との関係の中で大切にすべきこと」は
両親との関係や、生まれ育った環境の中で、
「まわりのみんな」に合わせ、適応するために
そして、
その世界の中で、
無意識に決めた「自分の役割」を
成し遂げるためにつくられた「生き方」と言えます。



家族からの愛情を、受け取るために
自分が両親の子供であることを、証明するために

気がつかないうちに決めてきたことの結晶が、
あなたが「自分らしさ」だと信じている「自分の姿」なのです。



あなたが、何をしても心から満たされないのなら

私たちは、誰かにやらされたもの
気がつかないうちに、周囲からの意図を感じて行ったことほど
プレッシャーを感じ、失敗を怖れ、
また、うまく出来なかったときには、いつまでも悔しさが残るものです。


まわりからは、うまくいってるように見える場合にも、
心のどこかで
誰かに納得してもらえる結果や
他の人からの評価、
特別な地位などがないと、不安を感じてしまい
心からの満足は、なかなか得られません。

「自分のしていることの価値」を、
「自分の外側の何か」で満たそうとする限り、
その欲求は、満たされないのです。



自分が心から求めたもの、自発的な行動には、
失敗という観念すらないはずです。
うまくいかなければ、もちろん悲しさや悔しさは残ります。

ですが、そんな失敗や挫折ですら、
本当に欲しいものを得るために必要な経験に変えることができ、
自分を磨くための貴重な体験となるはずです。



あなたの行動や、成し遂げたことが

たとえ、「何もなくても大丈夫な自分」が
「やりたいと感じたから」したことなのか、

自分に「何かが足らない」という不安を埋めるために
(無意識に)「やらなくてはいけないと感じたから」したことなのかによって

得られる経験の意味は、まったく違ったものになるのです。



あなたが「体験を通じて感じたこと」が、
自分の「素直な気持ち」「本音」に近ければ、近いほど

成功の喜びや達成感だけでなく、
失敗や挫折の悲しみ、絶望感ですら
これから生きるための糧にすることが、できるはずなのです。



なぜ、自分の価値観だけで生きられないのでしょうか?

私たちは、自分の行動、または自分の存在そのものが
まわりの人、あなたが幸せにしたいと願っている人を幸せにしているか
絶えず感じながら生きています。


「まわりの人」から自分に向けられる「関心」や「反」応、そして、自分から見て「相手が、どれだけ幸せに見えるか」、それが、あなたの幸せを感じる判断基準になり、さらには、あなたの存在価値を決めているのです。



「まわりの人が幸せだと思えない」
そう感じてしまったときの悲しみや、怒りの原因を、
まわりの環境や、他人のせいだけにできず、
ネガティブな感情の矛先を、自分に向けたときに
私たちは自分のことを、ふがいないと思い、
絶望感や、無価値感を感じてしまいます。


生きづらさは孤独感をともなうはずです。


もし、あなたが「生きづらい」と感じるのなら
そこには、
「ありのままの自分の存在」が「自分の大切な人」を幸せにしていない
そんな悲しみの感情が根底にあります。


また、そんな自分に対して
「このままではいけない」「何とかしなくてはいけない」という気持ちを
あまりに強く持ちすぎると
「ありのままの素直な自分」は、その存在すら否定されることになり
自分には、どこにも「居場所がない」と感じてしまうのです。



自分の存在を認めてもらうために、必要なこと

人は、他の人とのつながりの中で生きています。

自分が「誰かから必要とされている」と感じられることは
「ここに居てもいい」という安心感に繋がるものです。

もしも、あなたが
まわりの大切な人を幸せにしていない、幸せだとはとても思えない
そんな状況に居るのなら、
その中で幸せを感じたり、自分を認めること、
「自分は今のままで大丈夫だ」と受け入れることは、難しいでしょう。



ですが、
あなたの望む結果が出ていると思えないから、
自分自身に求めている役割が、果たせていないからといって
いつまでも、あなたが自分のことを認めないこと、
責め続けることは
その根っこにある想い「あなたが本当にしてあげたかったこと」まで
否定しまうことになります。


たとえ、どんな状況であっても、
その場で感じているはずの「気持ち」まで否定してしまうと
「今いる、その場所」には、何も見つけることはできません。



「心の奥底で本当は感じている感情」にフタをして、
「本当は求めているもの」から目を逸らしている限り
自分以外の何者かになろうとする生き方を続けることになってしまい
いつまでも安心感や満足感は得られないのです。


そして、
「本当は感じてるはずの自分の感情」を切り離したような感覚
無意識に続けてしまうと、
次第に、生きている実感や、未来への希望が持てなくなり、
何のために生きているのかわからない状態になってしまいます。



カウンセリングでは、本来の自分の姿に触れるために
「感情を、ただ味わうこと」
「気持ちを素直に表現すること」を通じて、
自分の内面と向き合っていきます。



その流れの中で、どうしても拒絶してしまったり
頭の中が真っ白になってしまったりして
うまくいかないことがあります。


それは、かつて無価値だと思い込んでしまった自分の存在や、
存在することすら認めたくない感情を見なくてはいけなくなるからです。
だから怖いのです。



感じることを怖れ、その存在すら封印してしまった感情が、そこにはあります。



しかし、そんな受け入れられない感情、見たくない自分の姿も、
あなたの大切な一部であることには変わりません。

生きづらさの根底には
他ならない自分自身が「本当は感じている感情」を否定している
そんな背景があるのです。



「ありのままの自分」を見つけ、受け入れていく

あなたが素直な感情を見失ってしまうのは
「自分の気持ちよりも優先してしまう大切な存在」が、
そこにあるからです。


「自分さえ良ければいい」「他人のことなど関係ない」
もし、本当にそう思っているのなら、
自分勝手に、好きなように生きても、何も感じないはずです。


どんな人でも、自分以外の誰かが喜ぶ姿を見て
自分も幸せを感じることがあるはずです。


生きづらさ、孤独感、絶望感、閉塞感、自己嫌悪感・・・
そんなマイナスとしか思えない感情は
大切にしたい誰かへの思いやり、やさしさが根底にあるからこそ
感じるのではないでしょうか。



「生きづらさ」は
あなたにとって大切な何かを守るために
気がつかないうちにフタをして、我慢してきた感情が
これ以上、抑えきれなくなったときに感じるのかもしれません。


大切な何かを守るために、無意識に選択した生き方
あなたが心の奥底で望む、本来の自分らしい生き方のズレが
表面化したとも言えるのです。



「生きづらい」そう感じたのなら、それが、あなたの素直な気持ちです。
まずは、そんな感情が自分の中にあると認めることが大切です。

自分の気持ちを受け入れて、
認めたくない感情の存在を許した、その先に、
見つかるものがあるのです。



気づかないうちにしていた「自分への誤解」を解く

ずっと抱えていた「大切な何か」の存在、
そして、「 無意識に信じている世界」を守るために
「自分以外の何者か」になろうとした、その結果として、
「生きづらい」という感覚が生まれるのなら

「自分を偽るような生き方」に限界があることも、
心のどこかで、気づいているのではないでしょうか。



「大切な人から認められる存在」であるために
「自分の存在よりも大切な何か」を守るために

心の奥底では望んではいないことを
どんなに積み上げたとしても
どうしても埋められない欠乏感があるのなら

「いつから、その感覚があるのか」
「生きづらさと引き換えに、何を手にできると信じていたのか」
「自分の気持ちを抑え込んでまで、心の奥底で何を望んでいたのか」

そうやって
自分の内側と向き合うことでしか、
心の中にある空白は埋めることは、できません。



どうしても触れたくない感情の奥底にある
自分の人生よりも大切にしたかった「大切な想い」を、
見つけ出してあげるために

受け入れ難い、触れたくない感情であっても、
大切な自分の一部として、その存在を認めていく

そして、
今まで受け入れることができなかった
できれば見たくなかった自分、
存在することすら認められなかった自分の姿を許してあげて


自分自身が、深いところで「何を感じていたのか」「何をしようとしていたのか」に気づくことで無意識のうちに見失っていた「本来の自分」に繋がることができます。これまで感じていた「生きづらさの意味」に、たどり着いたとき、「生きずらさ」の根っこにあった欠乏感は、決して消えることのない、心から人にしてあげたい「想い」となり、自分の「存在価値」を、自分自身が信じられるようになるのです。



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